Library34

和紙製造の特徴

☆☆ 原典が分からない。町田誠之さんの書籍のどれかではないだろうか ☆☆


=========== 和紙製法の特徴 ===========
             さる本の「付録」より



<製紙原料の特質>


中国が紙づくりの技法を開発

   最初の原料:前漢時代の遺跡から出土した紙は麻布のぼろ
   後漢時代:蔡倫が導入したとされる構(コウ:穀)皮が加わる
   樹皮の種類が広がる
     中国北部や西域:桑皮
     中国南部:藤皮・瑞香皮・青檀皮
     西部四川省:木芙蓉皮
   さらに
     稲稈(稲わら)・麦茎・竹(宋代から中国紙の主要原料)
   アラビアに伝播
     西域の大麻・苧麻のぼろ・桑皮の代わりに豊富な亜麻・のちに綿布ぼろ

日本古代:大麻・苧麻やその廃麻、穀(楮)・斐(雁皮)

   「延喜式」:ほかに苦参(クジン・クララ)
   平安末期:苦参・麻類は使われなくなり、楮が主原料となる
   高級紙には雁皮

近世初期:駿河(静岡)、甲斐(山梨)などで三椏導入
   近代に紙幣の主原料になる⇒各地で導入
   同時に、稲わら・木材パルプ・マニラ麻を補助原料として導入

和紙には楮が重要、雁皮・三椏がこれに次ぐ

和紙の楮・雁皮・三椏の靭皮繊維は
   中国紙の主流の竹、洋紙の木材パルプに比べ、すぐれた特質がある
   いずれもセンイが長く、粘り強く、光沢がある
   美しく滑らかで強い紙になる

明治6(1873)年来航、2年間日本各地の地理・産業を調査したJ・J・ライン
   著「日本産業誌」製紙業の章、「日本の樹皮紙はねばり強くてしなやかな靭皮で
     つくられており、その原料を細かく切り刻まないで、足で踏んだり打っ
     たりして柔らかくして分解するだけの、長くのびた状態の繊維細胞を用い
     ている」
   「日本の樹皮紙は驚くべき強靭さとしなやかさをそなえ、薄様紙の柔らかさは
     布地の強さを思わせる」
   「ガンピの紙は薄くて軽く、気品のある絹のような光沢があって均一性がすぐ
     れている」



<丹念な手づくり>


チベットやタイの紙すき器具:木や竹の枠に織目の粗い布を張る⇒原型にちかい
   中国:細い竹ヒゴを馬毛(のち絹糸)で編む竹簾(簀)を開発
   西域:萱などで草簾

西洋は機械利用を重視
   原料叩解:水車動力の連動スタンパー(stamper)
     1670年、オランダで Hollander beating machine を開発
   圧搾脱水:圧搾機(screw press あるいは jack)
   抄紙:1808年、長網抄紙機⇒1809年、円網抄紙機

中国の紙料の叩解:踏碓(トウタイ)や水車式連碓機(レンタイキ)を早くから採用
   日本では明治以降にいたって洋紙との競合から導入
   古代:現物納租税の一種「調」として納める調紙
   中世:守護・地頭・領主に貢納する公事物
   近世:小物成や蔵紙としての生産が主流
   つまり自由販売としての紙の生産はきわめてすくない
     逆に自己の利益につながらず、進納にふさわしく検査に合格するための
     良紙生産が容赦なしに必要だった

良紙作りの基本は紙料の処理にある
   たとえばちりとり:白皮1本ずつ水流に浮かべて繊維の傷やゴミを除く
     それを数人の目でくり返す
   紙料の叩解:平たい木盤や石台に紙料を置いて樫棒や木槌で丹念に叩く
     工程中最も重労働で叩解度は勘に頼る
   漉きかた:一定の厚みなどを維持するのは熟練が必要
   省力化・量産化・機械化を拒んできた
   近代以降:臼搗叩解機・薙刀ビーター・鉄板乾燥機を導入
     機械化と手づくりの相克



<丁重な紙料つくり>


(1) 刈取り

   秋の落葉から翌年の芽の出るまでの、厳冬期を避けて刈り取る
     一枝も残さない。翌年の品質が均等になる

   楮は植えたその年から収穫できる
     2年目までの収量は少ない
     5年から8年の収量がもっとも多い
     その後次第に減っていく

   鋭利な鎌で地面に近いところを一気に刈り取る
     切り口に裂け目などがないようにする
     切り口に日光が直射して腐敗しないように注意する


(2) 皮はぎ

   楮の生木を1mに切りそろえて小束にする

   平釜に水を入れ、その上に竹簀を並べ、小束をのせ、周囲をしばる
     上に大桶(こしき)を逆さにかぶせ、火をたいて蒸す(桶蒸し・箱蒸し)

   束を取り出し、冷水をかける
     靭皮部が収縮して木質部からはがれやすくなる
     根元の皮をすこし爪ではいで木質部と靭皮部を分ける
     左手で木質部をにぎり、右手で靭皮部をにぎって左右に開く
     むいた皮をひと握りずつ束ね、竹ざおにかけて十分乾燥する
   黒皮部が表面に現れる:黒剥ぎ(片はぎ)
   白い皮肉部が表面に現れて先端部が筒形:白はぎ(引はぎ・筒はぎ・すぼむき)


(3) 表皮削り

   靭皮部:黒皮・甘皮・白皮からなる

   白皮:一夜水に浸しやわらかくする
     藁ぞうりの裏を上にして木台にのせ、包丁を当てて表皮を削り取る
     黒皮層と甘皮層を削るのがふつう
     石州半紙などは甘皮層をのこす

   水たまりや川の平石の上で素足で踏んで表皮を除く方法もある:楮踏み

   削り取った部分:かす皮・そそりかす・こかわ・へぐり皮・さる皮という
     塵紙の原料とする

   かすを除いた白皮:清水で洗い、数時間浸しておき、水に溶けるものを流す

   この川晒し・乾燥・ちり取りを、6日かけて2回行う:本晒し
     3日で行う:中晒し


(4) 煮熟

   白皮:セルロース(繊維素)・ヘミセルロース・リグニン・ペクチン・脂肪・
     タンニン・でんぷん質・たんぱく質・糖類・鉱物質・その他

   煮熟:アルカリ溶液を加え、高温に加熱
     不純物を水溶性に変えて、水に流し去る

   煮熟剤:草木灰(紙漉重宝記ではそば殻の灰・蝋灰=櫨の木の灰)・石灰
     明治期:ソーダ灰(炭酸ソーダ)・苛性ソーダ
     奉書紙:蓬のもぐさ灰・桐油鬼殻灰・楢や合歓の木の雑木灰・稲藁灰
     加賀藩の幕府進納用:青ずいき(里芋の茎)

   煮熟後:釜からだしてかごに入れ、水中に放置する
     本来の方法は、河川の浅瀬を川石でくぎり、二昼夜放置する
     川晒しという
     天然の漂白もかねている
     水槽なら均等に広げて流水で煮汁を流す


(5) 漂白

   (注) 煮熟前の乾燥白皮にて行う

   天然漂白:川晒し(伝統技法)
     河川の浅瀬に石垣で堰をつくって塵埃・汚物の流入を防ぎ、清流に浸す
     ここを晒し場あるいは出場という
     束ねたまま並べるが吉野では花びらのように開かせる

   山間部:畑に浅い池を設け、竹簾をすいて敷いて小流を導く
     高知県吾川では冬の休耕田を利用

   水中の酸素が紫外線によって過酸化水素となる
     これとオゾンが皮を漂白する

   降雪地:晴天の日、雪上に広げて薄く雪をかけ、ときにひっくり返す
     この方法では光沢がよく、強靭さもある

   晒粉:カルキkalk:次亜塩素酸カルシウム:消石灰に塩素ガスで作る
     短時間でできるので今はこちらが多い
     明治末期以降、広まった
     多めで長く行えば白さが増すが、繊維は損傷し光沢・歩留まりが低下する


(6) ちり取り

   手作業でチリを取る
     清水の中のザルの上に1本ずつ浮上させてする:水より
     板の上に1本ずつ開いてのせてする:岡より

   指先でていねいに、繊維の損傷・汚物をのぞく
     べつの目に換えて数人でくりかえす

   川べりの川小屋

   このあと布袋に入れて水中でモミ洗い:紙出し・さぶりがけ・小出し
     でんぷん質などの不純物を流しさる

   ミツマタ・ガンピ:screen スクリーンという除塵機


(7) 叩解

   「延喜式」:煮熟=「煮」、漂白・ちり取り=「択」
     「截」「舂」⇒あわせて「叩解」
     截:チリ取りした白皮を切断する
       中国には残るが、日本では繊維をそのまま生かすため省略

   叩解
     集合繊維素をここの繊維に分裂させる:離解
     分離した繊維を適当に切断し、適当な幅に破裂させる

   以前はすべて手打ち
     叩き板か平たい石台に原料を置き、樫の叩き棒で繰り返し叩く
     叩き棒:大棒;1mの長く太いもの
        :小棒;50cm~60cmの細いもの
     単独に使用する
       荒打ち・細打ちに併用

   美濃・飛騨・越中は石盤上で、菊花状の溝を刻んだ木槌で叩く
     二刀流で重労働だがこなれがきわめてよい

   西欧・中国:水車動力の連碓機やビーターが用いられた
     近代日本:ビーター導入の流れ



<洗練された紙漉き>


(1) 紙料の調合

   漉槽に水と叩解した紙料をほぐしながら入れる
   1mほどの竹の撹拌棒(えぶり・草たて棒・たて木)でかきまぜる

   漉槽の両脇の支柱(馬鍬桁:マセケタ)に馬鍬(まが・まぐわ・まんが・さぶり・
     交切:マゼキリ)をのせ、手で前後に数百回激しく動かす
     繊維を分散させる
     電動スクリュー式撹拌機も増えている

   流しずきではネリを加えてさらに撹拌して紙料濃度を均等にする


(2) 溜めずき

   簀桁に漉き簀をはさみ、紙料液を汲みこんで、簀の目から液を滴下させる
     簀面に残った紙料が紙層を形成する

   簀桁をまったく動揺させないと凹凸ができやすい
     ゆるやかに揺り動かすことが多い

   厚紙に向く技法
   紙料液を少量にすれば薄紙はできる
     厚みが不均等になり、すきムラになりやすい
     小さな破れ穴もできやすい

   古格ではネリを使わないのが基本
     近年は使うことが多い


(3) 流しずき

   汲みこんだ液を揺り動かし、あまり水を流し捨てる
     これをくりかえして紙層を形成する
     もっとも多い漉き方
     ネリを用いる

   ① 初水(化粧水・数紙):浅く汲んだ水をすばやく簀全体にひろげる
     繊維の皮膜をつくって、余り水はすぐに流し捨てる

   ② 調子:やや深く汲みこみ、簀桁を前後(左右)に揺り動かす
     求める厚みにより、数回くり返す

     「揺り」は地合・強度に関係
       硬く締まって腰の強さがもとめられる半紙・半切は強めに揺する
       奉書のように柔らかさを求められるものはゆるやかに揺する

     ゆるやかにさざなみを立てる漉き方を宮城では「漣ずき」という
     極薄の典具帖は流しずきの極致
       縦横十文字に、あるいは渦巻状に激しく揺する
       地合と粘り強さ

   ③ 捨て水(払い水):漉き桁の手もとを下げ、水面に対し30度傾けて液の
     半分を流し落とす
     さらに反対の前方に傾け、液を押すように向こう側に流しだす

     これにより、表面に浮いているちりや繊維結束などの不純物を除く

   漉槽の紙料濃度はひと汲みごとに変化するので、漉き始めからすき終わり
     まで均等の厚みにするには、調子の回数や汲む量をつねに調節する
   揺する速さや方向、幅なども紙質によってかえる
   リズミカルにする

   すべては勘として修得する


(4) 紙床づくり

   漉きあげた湿紙は水分を除いたのち、上桁を上げ(先に上桁をあげるべき)、
     簀を持ち上げて、紙床板(漉付板・漉詰板・積板)に積み重ねる

   耳折り(ひびり・よせ):床離れがしやすいように、手元の端を折り返す
     かわりに藺草や稲わらをはさむところもある

   むかし、湿紙の水切りのため、漉槽の側面に「桁持たせ(簀立板)」を設け
     簀を湿紙ごと立てかけて、べつの簀で次を漉いてから紙床に移した

   「紙漉大概」:紙床に移した湿紙の簀上に細く丸い棒(ころばかし木)を
     圧しながら回転させて水切りした
     これは気泡を消すため
     本来は、気泡ができないように注意してすく

   溜めすきでは、湿床に移すとき西洋風に一枚ごとに毛布をはさむ
     ネリを用いないのでそのままでは紙同士が密着してはがれにくい


(5) 湿紙の脱水

   紙床に積みあがった湿紙は多量の水を含む
     一晩放置して一部水を流出させる

   その上に麻布・押掛板をおいて圧搾機にかける

     古くは槓桿(コウカン)式:支柱の穴に圧搾機の一端を差込んで紙床にのせ
       他端に重石を掛ける
       急激な加圧を避け、軽い石から徐々に重くしてゆく

     石圧法:上に直接重石をのせる

     近年は油圧・水圧によるらせん式の圧搾機が多い

     豪雪地帯では紙塊(湿紙のかたまり)を雪中に埋める:雪圧法


(6) 乾燥の方法

   圧搾後の水分量は60~80%
   太陽熱・火力にて乾燥する

   古式は板干し:湿床から剥いだ紙葉を干板(張板)に刷毛で張りつけ
     野外にならべて天日で乾燥する
     本来は簀に接した面が表、この面を板に接するように張る

   干板の表裏に張り終わると、干し場に運んで板架台に立てかける
     冬季:半日
     夏季:1時間

   長所:燃料がいらない、日光漂白、独特の光沢、十分に脱水される
   短所:量産に向かない、天候次第
     それでもこだわるところがある―ぴっかり千両

   火力乾燥法:季節・天候に影響されない、昼夜のべつがない、量産に向く
     鉄板(いまはステンレス)面に湿紙を張り、湯または蒸気で熱する

     固定式:断面が三角形・細長い縦型のもの、横に平らなもの
     回転式:断面が正三角形の角筒

   火力では板干しより平滑で緊密に締まって腰が強く均質になる
     完全に脱水されないので日がたつと重量が増し、味わいが消える

   古来の板干しは日本独特の方法
     中国や朝鮮:火力で熱した壁面(焙壁:ホウヘキ)を用いる
     西洋:室内の縄と竿にかけて風で乾かす



<和紙の仕上げ>


(1) 選別

   科学検査・肉眼検査
     地合・チリ・色彩・光沢・緊締度・毛羽立ち・厚さ・寸法・枚数など
     破れ・損傷・汚れなど不良紙は除く

   緊締度の高い紙(腰が強い・腰がある)は曲げたり延ばしたりで音を発する
     「鳴り」を聞く


(2) 裁断

   選別の終わった紙を枚数をそろえて重ねる
   一帖ごと、あるいは決められた単位ごとに帖合紙(間仕切り:色つきの紙片)
     をはさみ、規定の寸法に裁断する

   手裁ち:重ねた紙に当て板をのせ、うえに定規(当て木・当て竹・切り板)を
     あて、紙裁ち鎌で四辺を裁ち、所定寸法に切断する

   機械裁ち:断裁機

   寸法は紙種により異なる、時代と地域による異同もある
     越前大奉書:1尺3寸x1尺7寸5分(39.4x53.0cm)
     本美濃紙:9寸3分x1尺3寸2分(28.2x40.0cm)
     石州半紙:8寸2分x1尺1寸6分(25.0x35.0cm)
     西の内紙:1尺1寸x1尺6寸(33.3x48.5cm)


(3) 包装

   強靭な厚紙を小幅に切って紐掛けする
     10束(ソク)をあつめて1締(シメ)とし、厚紙で包装
     紙種に応じて1丸(マル)で荷造り

   包装には漉きあげ(漉き終わりのチリの多い紙)の紙を用いる
     これに良紙をあわせることもある

   製品の商標・紙銘・製造者(・日付・枚数)を捺印する

   1丸は、半紙で6締、美濃紙で4締、西の内は2締



<粘剤のすぐれた作用>


   溜めずきには用いず、流しずきには用いる
     流しずきを可能ならしめるのが粘剤

   特定の植物から抽出する粘液
   紙料液に添加し混和させるとすぐれた紙質をつくるのに有効な作用
     ① 漉槽での繊維の沈下や凝固を防ぐ
     ② 繊維の配列を優美にする
     ③ 紙の強度や硬度を増す
     ④ 紙の光沢をよくする
     ⑤ 薄い紙をすくのに都合がよい
     ⑥ 湿紙の紙床からの薄利を容易にする
      など

   中国:早くから紙薬を用いる
     紙面を美しく滑らかにするため

   まず植物でんぷん(米粉)を用いた
     膠剤としての働きはあるが長期保存に向かない
     代用としてカズラ類からの抽出液

   宣紙にはナシカズラの粘液を用い、「滑水」と呼んだ
     紙面を滑らかにするという意味
   潘吉星「中国製紙技術史」:漂浮剤と呼ぶべきもの
     漉槽の中で紙料の沈下や凝固を防ぎ、均等に分散し浮かばせる
     つぎに先の効用が派生する

   粘液
     紙料液の滴下速度がゆるやかになる
     漉桁を揺り動かすゆとりをもたらす
   よって、流しずきが可能になる

   粘性:繊維を互いに粘着させるために役立っているのではない
     最重要は繊維の均一分散と浮遊
     粘剤ということばはふさわしくない

   江戸時代のネリの方言
     美濃:ネベシ、土佐:ノリ、駿河:タモ、九州:オウスケ、
     ほかに、ニレ、ニベ、ヌベシ

   越前の「ネリ」:明治初期、製紙研究の中心、大蔵省印刷局抄紙部には
     越前の紙工が招かれたのでネリの呼称が定着した
     それに粘剤の字をあててネリと呼んだ

   漂浮作用を基本とする中国の紙薬に影響された
     日本で奈良末期より使い始めた
     派生効果に気づき、最大限に活用した和紙=流しずき



<粘剤を抽出する植物>


   粘剤を抽出する植物はいまはトロロアオイがもっとも普及している
     使い始めは近世初期

   平凡社版「寺崎日本植物図鑑」:黄蜀葵は中国原産
     慶長年間(1596~1915)に渡来した

   貞享元(1638)年開版「雍州府志」:「楮汁ならびに登呂呂汁を和し」
     登呂呂汁:トロロイモの汁、またトロロカズラ(サネカズラ)も指す
     かならずしもトロロアオイではない

   「和漢三才図会」造紙法の条:鰾(ニベ)木汁=ノリウツギ(ヤマウツギ)

   「紙漉大概」:粘剤はサネカズラ、つぎにトロロアオイ
     サネカズラやニリウツギが早くから用いられた

   サネカズラ:ビナンカズラともいう
     「サ」:接頭語
     「ナ」:ぬめりの意、滑葛ということ
     「古事記」応神天皇の条
       「佐那葛の根を舂きて、その汁の滑りを取る」
       古代から滑水を採取するのに用いられていた

   楡:古代に滑水を取った
     ニレはヌレ(滑)の転訛
     皮を粉にしたり、叩いて粘液が取れる

   正倉院文書巻十八、「奉写一切経用度文集」
     神護景雲4(770)年、打紙する前に湿らせる粘液のためと考えられる
       楡皮四把を買っている
       まず、打紙用としてニレの粘液を用い、やがて製紙の滑水に活用

   トロロアオイは温度に左右されるので主に冬季にだけ用い、
     夏季はノリウツギを用いる
     ノリウツギは早くから通年使用できた粘剤植物

   平安末期に始まったとされる吉野紙:ノリウツギだけを用いている
     古さの証明

   対するトロロアオイ:栽培でき、入手しやすいので、近年に普及した
   銀梅草(ギンバイソウ):名塩鳥子紙でもっぱら愛用
   梧桐(アオギリ):根の粘剤は土佐泉貨紙
   ヒガンバナ:愛知県小原森下紙
   ウリハダカエデ、タブノキ、ナシカズラ、ヤマコウバシ、スイセン、スミレ

   中国:数多くの植物から滑水を抽出
   日本:それぞれの紙郷で入手可能な粘剤を採取
     いまはトロロアオイが主体
     ノリウツギ、ギンバイソウを用いる



<填料としての米粉と白土>


   繊維のあいだは無数の空隙
   平滑でなく、色も純白でなく透明で、柔軟すぎる
     ネリはそれらを補うもののひとつ

   中国では填料を加えるのを加填
     膠剤を加えてサイジングするのを施膠
     魏晋南北朝のころから加工
     日本でもその技法を導入した

(1) 米粉
   中国:紙薬として用い、膠剤の働きもあり、填料でもあった
     糊としてより、微粒状の粉にして紙料に混和

   中世鎌倉期から武家社会に多く流通した杉原紙は別名「糊入(ノリイレ)紙」
     (「諸国紙名録には粘入紙」とある)

   「和漢三才図会」、杉原紙の項:「俗に糊入といふ」と注記
   「貞丈雑記」:「杉原といふ紙は今のり入りと云紙のあつき物なり」
     「奉書紙は杉原を厚くすきたる物也」と杉原紙からの展開という
     米粉を入れたものは多い

   とくに甲州(山梨)の奉書紙は肌吉(肌好)というが別名糊入奉書
     米粉を填料として紙肌を美しくした
     「諸国紙名録」:市川本判と甲半切に「粘入」の注記
     甲州は米粉を多く用いた紙郷

   「越前紙漉図説」:「糊を挽く図」として挽き臼(碾き臼)で米粉をひく図
     越前奉書も米粉を混入していた

   「紙漉方秘法」:檀紙に米粉を入れることは天保年間(1830~1844)成立とある

   古くから公文書用の高級紙:檀紙・奉書・杉原に米粉を入れた
     紙面が緻密になり、白く滑らかに強くなる
     重量で取引したので、重さが増せた

   でんぷん質は紙魚が好み、虫害にかかりやすい欠点
     杉原が明治20(1887)年ころ廃絶したのはこのためか
     奉書は米粉を廃して土粉を入れた

   明治31(1898)年刊「日本製紙論」:米粉混入の紙は繊維が弱く虫害を受ける
     「今日は、全く米粉の使用を廃止して所謂糊入質の紙類は殆ど其跡を
     断たんとせり」


(2) 土粉

   中国、東晋時代(317~420)から鉱物粉末の刷毛塗りが始まる
     のちに紙料液に混入

   欧州:不透明にして両面印刷に適する技法として早くから採用

   日本:摂津(兵庫県)名塩の泥間似合紙、大和(奈良県)吉野の宇陀紙、
     筑後(福岡県)八女の百田紙など

   繊維間の空隙を埋めて滑らかにし光沢を与える
     伸縮せず熱に耐える
     泥間似合紙は箔打にも利用される

   色間似合紙は土粉による着色
     愛知県小原紙:楮紙に土粉で着色

   宇陀紙:伸縮しないので表装の総裏打ちとして文化財補修の素材

   東洋紙、半切紙類

   美栖紙:紙料に胡粉を混入
   吉野紙:干板に胡粉を塗る
   扇地紙:雲母粉を紙料に混入
   京から紙:雲母粉や胡粉を膠液に混ぜて色料とした





【 全国の紙郷分布 】


各地の製紙:奈良時代、中央の図書寮で養成された造紙丁(ゾウシテイ)によって
   国衙(コクガ)細工所ではじまる

   律令体制の衰退で荘園の造紙が優勢になる

   中世末期:商品経済の展開で特産地を形成

紙の消費者
   古代中世:公家・僧侶・武士
   近世:町人まで広がる

   記録文化財から生活文化の需要
   上方市場の重要商品に成長
   さきの特産地を中核にして広く紙郷が形成
   とくに西日本の諸藩:紙を専売制に組み入れて増産を奨励
     有力な紙郷を育てた

佐藤信淵「経済要録」:紙は「一日も無くては叶はざる要物」
大蔵永常「紙漉必要」:立地「山川の清き流れありて泥気なく小石にて浅く滞りなく
   流るる川の浄地を佳しとす」

米作りに適さず、紙をつくる農民は貧しいので、原料はほぼ藩庁や紙商から配給
   藩庁の政策も紙郷形成の大きな要因

   近世に請紙制という専売制のもと、上方紙市場に圧倒的な優位を保った、
     西中国地方、周防・長門(山口)、石見(島根)、安芸(広島)などには
     全郡に紙郷が広がった
   土佐(高知)、伊予(愛媛)のほとんどの藩が専売制
     半紙は江戸末期に防長に迫る勢い
     土佐:農民の生産意欲をかきたてるように平紙の自由販売を許す

紙郷の分布:広域分散型と局地集中型
   局地集中型:茨城・埼玉・富山・石川・福井・奈良・徳島・熊本など
     西の内紙・細川紙・越前奉書・宇陀紙など高級紙


(2010-03-26 中途半端で切れている。原典がないのでいかんともしがたい。謝)

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